ウリッセの帰還
| 作曲家 | |
| クラウディオ・ジョヴァンニ・モンテヴェルディ Claudio Giovanni Monteverdi | |
| オペラ概要 | |
| タイトル | Il ritorno d'Ulisse in patria |
| 作曲年 | 1640年 |
| 紀元前1200年頃 | |
主な登場人物
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| このオペラは、現存する最古典に類する作品といえる作品群の一つです。 物語りは、翻弄される女性を中心として進行します。 フロイトによれば、 人間誰もがもち合わせる欲動は2つ。 「性的欲動」と「破壊欲動」 性欲と破壊欲・・・・ 人間はこの二つは基本欲の為だけに生きます。 「ウリッセ」は 作曲年代も、原作もとても古いので、現代日本に生きる私からすると少し複雑です。 ウリッセは、ある王様の名前です。 ウリッセは、戦争に出かけたまま、神々のきまぐれにより 祖国から遠くはなれさせられ、 ある女神に見初められ、永遠の命を与える・・・という申し出を 断り続ける年月を送っています。 ウリッセには奥さんであるペネロペがいました。 王が不在の国の権力を握るのは王女たるペネロペですが、 王を失ったペネロペと再婚を果たし、 国の権力を握ろうとする貴族たちがペネロペに言い寄り、 また、伴侶を長年失っている一人の女性であるペネロペも 貞節と自らの欲動に揺れ動き続ける年月を送ります。 (ちなみに私の役は貴族の一人) その様を見た二人の息子である テレーマコはウリッセを探す旅にでます。 またまた、フロイトによれば、 幼児の最初の性的欲動は異性である親に対して起こります。 思うにテレーマコはかなりマザコンであり、 ファザコンであるという、かなりな特殊な甘えん坊なキャラです。 父を訪ねて三〇〇〇里・・の旅にでる一寸の勇気はもち合わせていますが なぜならば、父である王など探しにいかず、 長年不在となった王座に自らが就き、 母に言い寄る貴族たちを殺せば全ての問題は解決し、 自らの欲望のすべてを達成できるのです。 テレーマコは、その体格、振る舞いは 他の王に、ウリッセと変わらぬと感じさせる程度の成人にも関わらず 自らの欲望を達成させなない・・ つまり、外面からは分からない内面が、 極めて精神的に子供な成人であるという存在の象徴である気がします。 それに反して、ウリッセは、究極とも思える性欲、 つまり美の女神である絶世の美女と過ごす不老長寿による永遠の時間を拒み、 人生限りある人間として、祖国に残したペネロペの元に戻るという、 頑なな自らの性欲を選択し、貴族たちを即座に殺すという破壊欲をも達成します。 この親子のキャラクター対比は、とても面白い。 ヴェリズモオペラであれば、 テレーマコは貴族達に戦いを挑み惨殺された上で、 ウリッセが帰還し、仇打ちを果たし 王女、そして神々とともに王国再興・・・とかになるはず。 こうなると、まるでワーグナーのオペラみたい この「ウリッセ」の世界では、 王を決めるのはあくまでも神々であり、 礼節を軽んじれば王といえど瞬時に没落するという ギリシアの神々の物語という難しさがあります。 全てを、一瞬で変えてしまう神様という存在と、 作曲年代の古さゆえに複雑に感じますが、 ここにあるのは、紛れもなく「性欲」と「破壊欲」、 そして興味深い様々な個性を持つキャラクター像と、それにあてられた古典楽曲です (以上、原作とオペラ作品より主要キャラクター考察) 「ウリッセ」に関しては、まだまだ勉強中の現段階での解説というか感想なので・・ 本番までに、指揮者や演出家・・・その他の歌手の作り方で・・ この意見が変わる事もあると思うし、それが楽しみであったりもします。 乞うご期待!! |
原作 |
| 2009年6月7日 二期会公演 「ウリッセの帰還」 (ピサンドロ役) |
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