自己紹介

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愛知県立芸術大学音楽学部声楽専攻卒業、
武蔵野音楽大学大学院修了、東京二期会正会員・代議員

声楽家として生きている飯田康弘です。
ピアノを3歳から始めたのがきっかけで、ここまで音楽の道を歩んできました。
高校時代は、コンクール全国大会常連の合唱部に所属しながら、作曲を学んでいました。
高校の合唱部は、女声合唱として有名で、男性の在籍人数も少なかったのですが、私の学年が3年生になったとき、
私が同級生を何人か引き入れ、混声合唱としてコンクール出場を果たし、初混声として初全国大会出場となりました。

大学は、愛知の山の中にある公立大学に通いました。
主に歌曲を学び、練習時間はピアノばっかり練習していた時期もある気がします。
在学中、メトロポリタン歌劇場の日本公演で、パヴァロッティを見たことをきっかけに、
オペラにも多少興味を持つようになりました。
大学中は、チェーン店の洋服屋で販売員のバイトを行い、これをきっかけに人柄が変わった気がします(笑)

大学卒業後、イタリアのフィレンツエにわたりました。
様々な分野からの留学生とともに暮らし、学び、マスタークラスの参加や、個人レッスンなどで
ドイツのシュトゥツガルトやシュタイナウまでレッスンに行ったり、ミラノに行ったりしました。

その後、武蔵野音楽大学大学院に進学しました。
大学院というのは、学部からの進学者がほとんどで、また公立大学と私立大学の差というのも感じつつ
戸惑いながらなんとか2年間を終えました。この大学になじむまではいかなかったきがしますが・・・
大学院で指導していただいた近藤伸政先生との出会いは、人生の中でも貴重な出会いの一つであったし、
多くの音楽家と出会う場ともなりました。

大学院卒業後は、一般企業で働きながらオペラ研修所に通い始めました
マスタークラスまで修了し、二期会所属となりました。
その時の年齢が30歳という事で、今一度人生を考えたときに、

毎日定時に机の前に座る仕事もいいけれど、
そうではない仕事がしたい!!と思うようになり、退社して、ウイーンに向かいました。
二度目のヨーロッパでの長期滞在の経験を経て、

結局、日本人は日本で頑張るのが、日本人である証である!!との思いに至り、
日本において、本格的に様々な音楽活動を行い始め今に至ります。

過去に指示し、影響を受けたと私が感じている先生を紹介していきます♪

合唱・声楽・音楽
伊藤博先生
2016年に旅立たれました。
高等学校音楽コースの主任だった先生です。
所属した合唱部の先生でした。
・・・・・もう、この先生の存在なしには、
私の音楽人生は始まりもしなかった!!と言い切れます。

この先生は、島根大学の教育学部出身で弦楽器専攻の先生だったと思いますが、
合唱やハーモニーという事を愛し、
その合唱部は、発声練習にグレゴリオ聖歌を用い、純正率にてハーモニーを作る合唱団でした。
卒業後も、何度かお会いし、元気で音楽を頑張っている旨の話はしていました。

旅立たれる2か月ほど前、
私が主催する合唱団のメンバーが「もう長くないみたい!!」と教えてくれて、

急ぎ、お手紙を送ったところ、丁寧なお返事をいただきました。
その内容は、ご本人も、もう長くないことを覚悟されていると感じるお返事で、
事実、私が手紙を受け取った10日後に旅立たれました。
最後の最後に、先生が教えてくれた合唱という世界のなか、というか私が教える団員が先生の死期を教えてくれて、
1通のやり取りでしたが、最初で最後のやり取りができました。
もう、このために、一般の方々を教え始めたのではないかとすら感じました。

高校から大学入学まで、指示したピアノの先生には影響を受けたように思います。
もちろん、幼少期の先生方も様々な思いでがありますが、音楽家をやってみたい!と思わせたのは、
この時期の先生です。

ピアニスト榎本潤先生
現在は、国立音楽大学講師や、全国でピアニストとしてご活動されている知る人ぞしるピアニスト
20年前も、すごく活躍されていました。
もう大分ご無沙汰していますが、この先生のピアノが、本当に魔法の様にいい音だったんです・・
そして言われた通りに、ピアノを弾くと、「うわ~~~・・ 自分でもできる!」と思えるというか、、
おかげで、ピアノを練習することが好きになり、結果、今があるといって過言ではないような気がします。

大学時代
西義一先生
大学4年間お世話になりました。
ドイツリートが専門?ドイツ語が専門のバリトン歌手で、日本音コンの入賞者でもあり、
様々なご活躍だった先生です。
合唱好きで声楽家の門をたたいただけで
音楽や声楽がどんな世界か、オペラにも全く興味もなく
ドイツ語にもイタリア語にも、全く興味な、単なる歌好きってだけである私

こんな私にも様々な教えていただきました。
当時は、先生も体調が悪いなかで、東京から愛知へ通っていらっしゃったりという中で、
とても、懸命に指導を受けていた感じています。

先生が東京からいらっしゃった日は、夜ごはん、
翌朝はコメダコーヒー店で朝ご飯を4年間ご一緒させていただきました。
千葉から、愛知に単身わたった10代の私には、まさしく親代わりでしたし
全部おごってもらっていたような・・・今考えると、先生って、愛知への出張・・・儲かったんだろうか(笑)

声楽だけではなくて、人としての生き方というか、付き合い方というか・・・・
週50分の先生というだけではなくて、本当に懸命に指導を受けたように思います。
・・・その反動か、
最近は、関東にもあるコメダコーヒ-店ですが、
今でも入る気にならない・・・(笑)いや、、入るとドキドキします

先生が、某大学に掲載されていた銘は
「願いとして:自発性を原動力として、協調と調和を大切に、愛情深い、後悔しない人生を送って欲しい。」ですが、
しっかりと、、、、あれから20年以上がたって、それを大切に音楽活動をしようと心掛けている自分がいる様に思います。

(以下工事中・・・・・・・w 2018/03/21)

イタリアにて


主な演奏歴

海外演奏
イタリア
ロッシーニ「スターバト・マーテル」
ハンガリー
オルフ「カルミナ・ブラーナ」
オーストリア
ウイーン内のカフェや、サロンにて行なれているオペレッタコンサート
ウイーン第三区音楽祭
このほかドイツや、フランスでのサロンコーサートや教会コンサートなど
数多くの出演を行っている。

国内演奏
ソリスト
シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」 指揮:クリスティアン・ハンマー (舞踏教師・ブリゲッラ)
吉岡弘行「ひかりのゆりかご」 指揮:坂本和彦 東京フェスティバルオーケストラ
ヴェルディ「トラヴィアータ」 宮本亜門演出 指揮:アントネッロ・アッレマンディ 東京フィルハーモニー交響楽団
モンテヴェルディ「ウリッセの帰還」 指揮:高関健 東京交響楽団
モーツァルト「フィガロの結婚」 指揮 セルジョ・ソッシィ
プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」リヌッチョ役 指揮 星出豊
ドニゼッテイ「ランメルモールのルチア」(全幕全役)
三木稔「じょうるり」徳島県文化振興財団主催
モーツァルト「魔笛」

ハイライト ソリスト
レハール「メリー・ウイドウ」カミーユ
マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」
プッチーニ「蝶々夫人」
プッチーニ「ボエーム」
ドニゼッテイ「愛の妙薬」
ドニゼッテイ「リタ」
ビゼー「カルメン」

合唱
マスカーニ「イリス」(武蔵野音楽大学)
ワーグナー「パルジファル」(二期会)
プッチーニ「トゥーランドット」(二期会)
ガラコンサート(ソフィア歌劇場)
ドニゼッテイ「ランメルモールのルチア」(マイリンスキー歌劇場)
ルチア役 ナタリー・デッセイ

北海道、宮城、福島、関東地方各県、
大阪、名古屋、熊本県などでコンサートにソロ、合唱として出演

ナクソス

Tenor Yasuhiroiida

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