理想の発声

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声楽を学ぶ私たちは、常に過去の偉大な歌手たちのお手本を意識します。

そんな中で、

二流、もしくはそれ以下の歌手では、偉大な歌手たちのすごい声を再現することばかり意識するという事がしばし起こります。

例えばこういうのです・・

輝かしい声で、キャラターの特性を見事に表現した声や発語の癖・・

たしかにすごい声・・・
このテノールは Beniamino Gigli,
1890年3月20日 – 1957年11月30日

1900年代初頭の偉大な歌手 カルーソーの次の世代として世界中で愛された歌手です。

こういう演奏を聴いたとき、素人は、

この独特の歌い回しや、輝かしい声が、かれの魅力の秘訣だと勘違いして、必死に真似をしようとします。

イタリア人の”教えるのがうまい先生”と言われる先生にもたくさんそういう思考のイタリア人はいます。

結果として、アリアや歌曲だけではなく、発声練習においても、こういう”すごい声”を目指すのです。

それは、実は大きな間違えの元です。

良くイタリアに留学して、
「イタリア人の声帯ならできるけど、日本人には無理だった・・」
「イタリアにいって発声がわからなくなった」や「声を壊した」

という話を聞きますが、ほとんどの場合、どんなレッスンだったかを聞いてみると、

過去の偉大な歌手のすごさのみを再現しようと教えている先生に習った場合、

もしくは、本人自身が強烈にすごい歌手の再現を望んでいた場合が多い様に感じます。

ジーリは偉大な歌手なので、様々な出版物が残されていますが、

彼が発声について残した言葉がyoutubeにあります

 

横隔膜の支えについてと

横隔膜の支えではなくて、息の上で歌う事について説明しています。

 

つまり
筋肉を意識し過ぎずに息を流す事だけで歌う歌声もあるという事ですが、

 

例えば、日本の大学の声楽科の先生も

「すごい声がでる」事のみを大切にしている方は、かなり多くいます。

逆に

過去の偉大なお手本の歌唱とはほぼ無関係に、言語学者的に言語を学び教えるスペシャリストもまた多いです。

 

そもそも、他国の文化であるオペラを学ぶ日本においては、間違っている事項でも、それが正しいとされている事があります。

声楽だけに関わらず、

 

例えば、カトリックの教会においても、

日本の教会の運営方法は、必ずしもヴァチカンとは一致しない・・

それは、日本は日本のカトリックとして進化しており、それをヴァチカンも否定しないという事があるそうですが

 

同じ事が、当然と声楽にもあります。

 

若い頃 20歳代・・・

声質がよくて、音量もあって、力一杯うたって

「もっと音程がよくなったら、すごい!」とか、「もう一歩」とか、それに類する言葉を聞き、
偉大な歌手の偉大な声の再現ばかりをねらって、

偏った訓練ばかりを行った結果、

普通の歌を普通に歌う事すら難しく

声がなくなったり、歌い方がわからくなかったりして、

歌う事をあきらめる人というのはとても多いのです。

 

すごい声のジーリには、それを裏付ける技術があります。

それの基本は、決して、”すごい声”だけを出している時の技術のみの成果ではないのではないかとおもいます。

 

この動画では、息の上で歌う声と、横隔膜の差さえが必要な声について、

解説と実践を持って説明しています。

ジーリのすごい声を再現するには、

この技術の両端を再現する必要があるはずです。

 

例えば、

どんな高音になったとしても

強い声だけではなく、やわからい声でも歌い魅力的に歌い続けられるのが、

この動画から読み取れる”技術”です。

 

・声を壊した

・発声がわからなくなった

・すごい声がでるように頑張ったのに成果がでない

 

と・・・・・いった感想を持っている方や、愚痴をこぼす方は

高確率で

フォルテッシモでしか、自分の最高音を出せなかったりします。
その逆もありますね・・・ 常にソフトな声でしか歌えなくて、

「私の声は、強くない」と言い切る人・・

少なくとも、偉大な歌手であるジーリは、やわからい音でも、力強い音でも、

そのどちらにおいても魅力的な声を発して歌う事ができた・・という事を

意識していない事が多いように感じます。

 

声楽って、奥が深いです♪