美浜文化ホール主催事業に出演

もう3週間も経ってしまいましたが、
千葉市でのコンサートが満席の中で終わりました。

普段、アンサンブルの練習や、うち合唱指導をする声楽家と、

千葉在住の一般団員有志による合唱団です。

練習中にちょくちょく客席側から聞いた感じでは、声楽家の声と、一般の方の声と上手い事混ざりながら演奏できていたように思います。

声楽家と一般の方が楽しみながら音楽活動ができる形をこの夏は模索していますが、
予想以上に、よい活動になりそうです。

来週は、王子駅にある北とぴあで本番があります!

もう1頑張り
お時間が作れるかたは、
7月28日、つつじホールに是非😉

ブラームス「ピアノ五重奏全曲」と「おんがくかいのよる」を演奏します!

2017年6月兵庫芸術文化センター

今年も、兵庫芸術文化センターにて出演していきました。

今年は、マスネのマノンのアリア・・フランス語
を人生で初めて人前で歌いました。

フランス語っていう難しさは残るけれど20代、30代と歌いきる事ができなくて
封印していた曲でしたが、頑張りました♪

(写真は楽屋にて)

ヤマハがジャスラックを提訴

今年にはいって、話題になってるジャスラック問題
今週、ヤマハなどが集団訴訟を提起するとニュースが流れました。

クラシック音楽を楽しむための、基本教育を行っているヤマハなどから、
教える際に発生するであろう、模範演奏分の演奏にたいして、
受講料の総額から一律で2.5%も徴収するという方針発表していたからです。

ヤフー記事の弁理士先生の意見によると
著作権法における「一人でも公衆」理論を説明する
先生が生徒に向けて演奏するのが、公衆に向けての演奏にあたるから、ジャスラックが請求できるという事らしい

フムフムと読みましたが、

気になるところは、
グループレッスンにおいて、音楽の演奏利用を主体的に行うのは、先生や教室ではなく、生徒側であって、
先生が、非公開にて生徒が演奏するのを聞いて、アドヴァイスを行う時間がレッスンであるという基本を
誤認しているのではないかと思うところです。

普通に認識していれば、レッスンに著作権料という発想にはならないのでは無いかと思います。
その意見を述べたいと思います。

これが邦楽のグループレッスンならば、先生が頻繁に模範演奏をするという事も考えられますし、
アイドルグループの歌唱レッスンなどであれば、先生が頻繁に模範演奏をするという事も有ると思います。

何故なら、楽譜を見て、自らが演奏をするというところではなくて、
口伝や耳で聞いて演奏をさせるという事に主軸を置いてレッスンをする事があるからです。

一方、クラシック音楽では、
1200年頃、誰もが同じ音を再現できる「楽譜」が発明されて以来、口伝や耳コピではなくて、
楽譜を見る事で、誰でも、どこの国にいても、原語や時代が違っても、音楽を再現できる能力を養う事をレッスンの基本としています。
そのやり方を何百年も受け継いできた今に、私たちがいるのだと思います。

ヤマハなどは、音楽の基礎部分の教育を組織的に行っている法人です。
そこからさらに学びたければ、音楽大学に行ったり、個人的にレッスンを受けたり、プロになったりするのだと思います。

模範演奏なんてしない先生もたくさんいます。

いわば、本を読めるようにするために、漢字を覚えたり、習字で、文字の書き方を教えたりするのが教育のレッスンの基本です、

漢字を覚える=楽譜に書いてある音が、ピアノのどこの音かを覚える
習字で書き方を学ぶ=指の動かし方を学んだり、楽譜に内容を声で再現させるといった具合です。

もちろん先生の指導法は様々だと思いますが、生徒に楽譜を見せて、演奏させてみて、それを見て、聴いて、
アドヴァイスを行う事が、レッスンでの先生の役割の基本という事には変わりないと思います。

先生が模範演奏をして、それを聞いた生徒が真似をするのがグループレッスンでしょ?っていうのは、
音楽のレッスンが何かを知らないというか、音楽の発達史を、完全に無視しているともいえると思います。

レッスンの場にて奏でられる音楽で、生徒を楽しませるのがレッスンや教室ではありません。

当然、先生の演奏を楽しむのが目的というレッスンの受け方や、教え方はむしろ間違いだと思います。
そうなると、その先生がいなけば、永遠に音楽を楽しめないという事になります。
先生がいなくても、音楽を楽しめる様にするのがレッスンのはずです。

演奏者は、アイドルになりえますが、
先生は、アイドルではありません。

音楽の演奏を聴いて楽しむ場というのは、それこそ著作権料をきちっと支払って演奏される本番や、CDなどの音源など聞くといった行為だと思います。

例えば、「生徒が興味を持ちそうな、流行曲を演奏させて、儲けてるんでしょ」的な発言は、生徒の自発性を認めない発言でもあると思います。

生徒自らが、興味をもった音楽の「楽譜」という本に書いてある音を再現して、音楽を自ら楽しめるようにするのが、レッスンや教室なので、
クラシックの曲だろうが、権利の残る曲だろうが、教室や先生はどちらでもよいのです。

権利の残る音楽を演奏する形で利用する行為は、あくまでも生徒が主体的に行う行為です。
例えば、流行曲ばかりやる生徒がいたとしても、それを生徒が選んでいるにすぎません。

そもそも、逆から考えると、
著作権の残る曲を演奏したり、教えたくて、音楽大学にいって、ヤマハで講師をするようになった先生というのは、ほぼいないと思います。生徒が求めるから、それを教えているにすぎません。

この辺も、カラオケ教室の先生や生徒の方とは思考も方向性も違います。

楽譜を手に入れる際に必要な著作権料は、支払ったうえで、
主体的に音楽を演奏する人口を増やすのが音楽教室やレッスンの目的だと思います。
そういった意味で、音楽教室は演奏する事での営利活動は行っていません。
楽譜に書いてある音楽を再現する方法を教えているだけです。

つまり、グループレッスンに参加する生徒は、、
報酬を得ずに、入場料もとらず、そして誰かに聞かせる事を目的とせずに演奏しているだけなので、
著作権料は発生しないという認識になるように思います

レッスンを普通に認識すると、こうなるはずなんです・・
何百年と世界中でそうやって発達してきたのが音楽なんだから

レッスンする度に、楽譜とは関係のない権利が生じて、
練習すらできない、レッスンすら差し止められる事がある、という新しい考え方は、歴史の中で育まれてきた「楽譜」の内容を再現する技術を継承する事で発展してきた、今日残る五線で記載されるすべての「音楽」そのものの歴史にドロを塗る行為な気がします。

権利の残る流行曲などを作った作曲家だって、
こういった歴史に育まれた流れのなかで、流行曲を作れたのであって、楽譜を再現するという技術の継承が、
音楽作品の演奏をする権利とは別れて発達してきた歴史の恩恵により、流行曲を書いた作曲家となれたように思います。
歴史のない0の分野を切り開いたのではないのですから。

例えば、ショパンが
ショパンの曲を指導できるのは
ショパンに指導毎の権利費用を払う指導者のみだ・・・なんて言っていたとしたら、
そもそも、ショパンという作曲家の作品は、今は残っていないかもしれません。

楽譜を広める事で、世界のどこにいる生徒や先生もそれを親しめたから、広がり、残ったのです。

大手楽器企業が発起した
音楽教育を守る会

がんばってほしい、
レッスン時には、模範演奏を必ず行うはずだから権利料を払えなんて考え方は、音楽の教育を根本から否定している様に思います。

クラシック音楽という音楽が、楽譜の音を再現してきた歴史を、

口伝でしょ、耳コピでしょ?楽譜なんてあってもなくてもいいんでしょ?
先生が演奏するから楽しいんでしょ?
そこに良い曲があるから、それを教えて儲けてるんでしょ?
儲かってるんだから、リスペクトしようよ・・という考えは、

音楽の教育という分野とは相いれない思考ですし、
1200年代の音楽があって、1500年代の音楽があって、1900年代の音楽があって
2000年代の音楽が存在できているという事を否定する考え方だと思います。

じゃあ、五線で表せない流行曲を、なんらかの方法で書いてみろよ!と言いたくなります。
五線で書くのは、五線書かれた音楽を再現する技術の継承が行われている延長にあるからでしょ?
その技術の継承は、ヤマハなどの基礎教育で行われているんだよ?と・・・教育をリスペクトしようよ!と・
むしろJASRACは、
音楽新興、著作権の発生のすそ野を広げるためにヤマハなどの基礎教育を行う機関を助成しようよ!!と

楽器店の合同の任意団体は本当に頑張って活動してほしいと思います。

以上の事から

音楽を愛する一人として、音楽教育を守る会が行う署名活動をご紹介したいと思います。

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「JASRACへの指導を文化庁に請願して、音楽教育の現場を演奏著作権料徴収規程から守ろう!」

以下のリンクからネット上で署名ができる仕組みになっています。
jasracへの指導を文化庁に請願して-音楽教育の現場を演奏著作権料徴収規程から守ろう

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正解に判断された判決文が楽しみです。

一生勉強

先日、長年ドイツで活躍されていた歌手で、
現在は、大学での教鞭の傍ら、
まさしく日本の第一線で活躍されている方が
主催する団体の勉強会があったので参加してきました。

!!!!!!

なんと楽しい時間であったことか。。

気が付いた事もたくさん

歌うってなんて楽しいんでしょ・・

私も、少しでも歌う事の楽しみを広められるようにこれからも頑張ります!!

3月22日 ソロリサイタル

桜もちり、もう夏が来たのか?くらいの暑さですが、
先日、ソロリサイタルを行いました。

一人だけで、およそ1時間半以上・・

オペラアリアもいくつか歌い、最後の最後まで、声が出なくなることなく歌い切ったのは
成長したな~と、自分で感じました。

もちろん、一人で長く歌うコンサートと、数曲を歌うだけのコンサートでは、
見えてくる課題も違うので、大変でしたけど、やってよかったと思います。

大勢のお客さんも、テンション高くかえっていただけたようなw

今回の伴奏は、若杉千晶さん

なんと10数年前に通ったオペラ研修所でピアノを務めていたピアニストです。

十数年ぶりの懐かしさと共に、

やりきりましたとさ!

フェリーチェクラシック 大泉学園駅前の混声合唱団

声楽家と一般の方の合同混声合唱団
毎月第三水曜日の朝10時から大泉学園駅前のスタジオで活動しています。

本日は、声楽家5名、ピアニスト1名
一般参加者 20名
(内男性3名)での練習でした。

本年の課題曲は

フォーレ「レクイエム」
パレストリーナ「ミサ・ブレヴィス」
まだまだ、始まったばかりで、一般の方々は手探りの感じ。

ただ、歌えるところはとてもきれいに響きます。

本日の練習は

レクイエムは、7曲目 
全体的な流れと、重要なワードの確認
息づきを我慢して歌いきるフレーズの確認

ミサ・ブレヴィス
「サンクトゥス」
1ページ目の音取り、読み方の確認、全体的な音の把握を行いました。

次回は4月19日です。

今日の2曲について、今日よりももう少し細かく難しい音程の練習をする予定です。

2017年の流れも始まりました。

遅くなりました。

本年もよろしくお願いいたします。

年明けすぐに、ノロ的なものにかかり、

合唱指導や、今後についてに相談など・・・・ 怒涛のように、現実の楽しさがやってきました。有り難い事です!!

1月15日は、千葉の楽友協会のニューイヤーコンサートに出演してまいりました。

この三人、高校の同級生、一人は、プロの器楽奏者として、ドイツやインドを渡り歩き、一人は、某音楽大学の専科講師をしています。23年ぶりに出会いました。
音楽を続けててよかったな~と思う一つは、何十年たっても同じ道で切磋琢磨する仲間と出会える事があるという事かもしれません。

肝心の私の出来は・・どうだろうな・・
うちの親なんかは、良かった~、こういう曲も歌いなさいよ~って言ってましたがw

合唱指導の時の声と、オペラアリア、って歌声は変えるので、それを心配しているのかもしれません?
どう変えるかを単純に言うと、
オペラアリアや、ソロは倍音が多い声をめざしますが、合唱の指導や、合唱に向く声は、倍音の少ない声だからです。
これは、私の言葉ではなくて、留学時にであった私の合唱指導の先生や、某有名少年合唱団を教えている元オペラ歌手の言葉です

そんなこんなで、1月ももう終わりますね・・・・
今日は(水曜日)、練馬区にて、新しい合唱グループの初練習でした。

フォーレ「レクイエム」と パレストリーナ「ミサ・ブレビス」を始めました
そう、完全に宗教曲を練習するグループです。

初めての会にしては、難しかったかもしれないな~と反省しつつ、どこまで行けるか、まず見極めるのは、集団の前に立つ人の役割だとおもうので・・・というところもありつつ、30人近くも集まっていただき、びっくりしつつの練習でした。

ちなみに、パレストリーナは、こんな曲

クラシック音楽の原点ともいえる、ルネサンス時代の後期の曲で、

ミサ・ブレビス・・
日本語にわかりやすくすると、小ミサ曲として、最も親しまれ有名な曲の一つでもあります。

レクイエムが、葬儀のミサであるのに対して、小ミサは、
日曜礼拝で行われる内容を音楽にした曲です。

私は、キリスト教徒でも何でもない日本人ですが、
典型的な日本人の良いところだけを実践する・・・、
つまり全ての神様的な存在に対して、敬意を払う習慣がある・・・的な、・・・日本人です♪

まあ、音楽家としては、キリスト教楽曲は無縁ではいられませんので、懸命に扱いますし、
実際、声楽的な勉強には、あった方がいいと考えいます。

ご興味のある方のご参加大歓迎

第三水曜日の10時 大泉学園です。

また、内容や練習については、記事にしたいと思います。

と・・・こんな感じの一月でした。

今年もよろしくお願いいたします!

近況報告;フォーレ「レクイエム」の指揮をおえて・・

11月から、怒涛の本番のなか
私が、声楽を始めるきっかけとなった合唱部で最初に歌った・・・、

フォーレ「レクイエム」を
歌の魅力を教えてくれて、今夏他界された先生への追悼をこめ企画演奏、公演・・・というか指揮をしました。

いろんな事を思い出しながら、そして、目の前の人たちと向き合いながら(?)
未熟なりに、現時点では最良の演奏だったきがします。

この曲は、まだまだ高みをめざして取り扱っていければと思っています♪

ありがとうございました。

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練習・指揮するうえでの、思考は下記のようにしました。

フォーレ以前にも、偉大な作曲家達が「レクイエム」を書いています。とりわけモーツァルトとヴェルデイの「レクイエム」が、すでに名曲として列せられた後に、三大レクイエムの一曲として並び称され、また比較対象ともなったのが、フォーレの「レクイエム」です。この作品の特徴としては、出棺、埋葬時に歌われるIn Paradisumが含まれている点と、続唱(Sequentia)の部分が、ほぼ省かれている点が上げられます。

続唱のテキストには、最終戦争、火による浄化、最終審判などが書かれており、1962年の第二回バチカン公会議にて”死後の恐怖を不必要に強調することはキリスト教本来の思想から外れている”として省かれるようになるまでは、正式な式文であったので、フォーレはそれを70年も先取りして自ら省いた事になります。死後の恐怖が省かれているため、当時のカトリック教会のミサでは使用できず、作品そのものが異教徒的とも評されたという記録があります。

楽譜をみると、いくつかの事に気がつきます。

第一曲目、モーツァルト、ヴェルデイはもちろん、例えば、ドヴォルザークのレクイエムにしても、Requiem という歌詞が印象に残るように旋律が書かれているのですが、フォーレのレクイエムでは、luceat eis(彼らのために光あれ)が印象的になるように作曲されているのです。

更に、全7曲で構成される楽曲中、
7曲目に「In Paradisum (天国にて)」、
1曲目に「光あれ」、
3曲目に、フォーレのピアノ曲の代名詞ともいえる「舟唄」と同じ、
三拍子のアルペジオという構成であるという事に気が付いた時、
旧約聖書にある創世記の天地創造を思い起こします。

創世記
1日目 暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。
2日目 神は空(天)をつくった。
3日目 神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせた。
4日目 神は太陽と月と星をつくった。
5日目 神は魚と鳥をつくった。
6日目 神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくった。
7日目 神は休んだ。

第1曲目
フォーレのレクイエムは、ニ短調の主音としての二音が鳴り響き、短調の響きにより始まり、LUX (光)でピークを迎え、その後は、まるで暗闇と光が交互に支配する世界を表しているかの様な音楽のなか、ニ音の中に曲が結ばれていきます。

第2曲目
まるで暗闇で祈りをささげあう人々の声が聞こえてくるかの導入に続き、それに答えるかのの様にバリトンソロが歌われる音形は、二日目に空を作ったのを表現しているかの様であり、最後には、空に響きわたるかの様なハーモニーにてAmenが歌われます。

第3曲目
三拍子のアルペジオで始まります。アルペジオというのは和音の音をそのまま分解して演奏する事ですが、フォーレの楽曲の中で三拍子のアルペジオといえば、舟唄があげられます。フォーレは、生涯に13の舟唄を作曲しました。舟歌とはヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来する声楽曲または器楽曲です。水が流れ出すような音楽は、やがて大海となり、世界が出来上がったのを表現しているかの様です。

第4曲目
神が4日目に、太陽と月と星を作った事を表すかの如く、輝く様な美しさが音に与えられています。

第5曲目
5日目に神が魚と鳥を作ったのを表すかごとく、自由自在に水や空を自由に動ける存在を感じる様な楽曲となっています。

第6曲目
繊細な音楽、神の所業や、奇跡を表すかの様な他の楽曲とは違い、人間臭さを感じさせる印象的な楽曲は、まるで6日目に神が自分の姿を似せて作った人間の苦悩を表すかの様です。

第7曲目
1曲目の、ニ短調という暗い世界に人間の住む天地創造の始まりを表現したのに対し、神の住む天国が、ニ長調で表現されるか様です。そして、まるで眠りについていくかの様に静かに音が集います。
1曲目では、ニ短調の主和音、最終曲では二長調の主和音で歌われたRequiem、いずれも二音(レの音)を根音としている統一感は、神が住む天国と、神が作り上げた人間の住む世界、どちらが生で、どちらが死なのかといった境を壊し、永遠の安らぎが音楽に表現されているように思います。
もしかしたらフォーレは、王と訳されるREというイタリア語をかけて、二音を神とイメージしたのかもしれません。

晩年の1921年 手紙の中で次のように書いているそうです。
「私が宗教的幻想として抱いたものは、すべてレクイエムの中に込めました。それに、このレクイエムですら、徹頭徹尾、人間的な感情によって支配されているのです。つまり、それは永遠的安らぎに対する信頼感です。」


演奏 フェリーチェ 指揮 飯田康弘 2016年12月

12月15日 美浜文化ホール みんなで歌おうコンサート

12月15日

来月はこんなイベントに出演します!!

来月は、いま内容が決まっているものは下記の5つ。

12月1日  フォーレ「レクイエム」指揮
12月4日  「クリスマスコンサート」さいたま新都心
12月11日 「クリスマスコンサート」南浦和
12月15日 美浜文化ホール「みんなで歌おうコンサート」
12月21日 税理士先生主催「クリスマスパーテイ」

そんな中で、この美浜文化ホール主催イベントは
地元開催・・という事もあるし、初めての企画なので、ドキドキ

私が歌うのが中心ではなくて、
会場中のみなさんの声を合わせてうたうという事を中心にしつつ
歌声を響かせあうコンサートという企画です♪

何曲か、ソロも歌います。

今回は、フェリーチェへのご参加を表明してくれてるソプラノの一人

小林美央さんが、初めて参加してくれます。

千葉にご縁がない方も多いとは思いますが、
入場料は1000円!!!駅からそば・・・東京駅から快速にのれば
たった7駅、40分で会場です!!!

(お席が限られているため、早めに売り切れてしまうかもです)

このほか、もちろん日々の合唱指導やレッスン実施もあるので
体調を崩さずにかんばりたいと思います。